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【白】あん  この記事を含むはてなブックマーク

あん



ドアを開けた。
夜も遅かったので、なるべく音を立てないように。
それがほとんど勝手に家を出た、僕なりの親孝行。そして、ちょっとした後ろめたさであった。
兎にも角にも久しぶりの実家である。

・・・え?

声にこそ出さなかったが、その瞬間僕は心臓が止まるほどにびっくりした。いや、その表現は決してリアルではないのかも。規律を失った心臓は、まるで狂ったかのように鼓動を伝えた。

視線の先。薄明かりの中。何かが、いる。

誰だ?・・・ババァ、か?

そうだ、間違いない。視線の先に立っていたのは、僕がババァと呼ぶ母親、その人だった。両手から垂らされた真紅の布。何をやっている?
「た、ただいま・・・」僕がそう言うと、ババァは僕以上に驚いて振り返った。あぁ、なるほどね。これが心臓が止まるほどに、というやつか。

「あの、うん、おっかえり・・・」
「・・・何、してんの?」

それは、明らかに異常な光景だった。
闇夜に浮かび上がる真紅のマントを携えた老婆。
少なくとも僕の辞書にはない。一番近いのは「餓鬼」か「真夏の夜の夢」だったが、どちらも似て非なるものだ。どうしよう、これ、なんだろう。
親と子の関係だって、わからないことはいくらでもある。

しばしの沈黙の後、ババァは静かにこう答えた。

「・・・と、闘牛の練習」


・・・聞いてもさっぱりわからなかった。なぜ、僕の実の母親は、こんな夜中に一人で闘牛の練習をしているのだろう。おそらく、この老婆がこの先、猛々しい雄牛と対峙することなどないはずだ。

「そっか・・・」

僕にはそう言うのがやっとだった。これ以上、この人に触れてはいけない。
こたつに入り、タバコに火をつける。・・・あの布、どこで買ったんだろう・・・。

目が覚めると、辺りはまっくらだった。薄明かりもない。いつの間に寝てしまったんだろうか。
少しだけ、体が痛い。
・・・あぁ、どうりで暖かいと思った。僕の体は、あの布に包まれていた。風邪を引かないようにって。きっとババァがかけてくれたんだろう。「ここに牛がいなくて本当によかった・・・」。20と3年間生きてきて、初めてそんなことを思った。

うちのババァにはそうゆう所がある。うまくは表現できないが、そんなところがあるのだ。


忘れもしない、あれは小学校の遠足のときだった。お昼の時間、お弁当の時間。みんながワイワイと楽しそうにおかずの交換でもする中、僕は一人端のほうでお弁当を抱えていた。

うちの家庭は僕が小さい頃から共働き。家族揃ってご飯を食べたことなんて、おそらくほとんどないと言っていいだろう。小学生にして夕飯を一人で買ってきて食べることなんてザラだったし、お袋の味と聞かれても「ミネラル麦茶」と答えるのがやっとだった。それを恨んだことは断じてなかったが、確かにまぁ、寂しいと思ったことがないと言えば嘘になる。
でも、遠足の日は違った。いつも通りの給食がないその日は、いつも通りの時間より早く起きたババァが、僕のためにお弁当を作ってくれた。遠足自体はそこまで好きではなかったが、でも、だから正直すごく楽しみだった。だってしょうがない。本当に嬉しかったんだ。

しかし、だ。

呆然という言葉を知るのには、まだ早すぎる。それでも僕は、その時確かに呆然としていた。

二段重ねのお弁当箱。上の段のご飯まではよかったが、下の段になぜかゲームボーイのカセットが入っていたのだ。何が起こったかを理解するまでに、僕は少なからずの時間を要した。な、なんでお母さんはこんなことを?タコさんウインナーは何処に?

・・・あ、あぁ、そっか。いや、でも、うん。お、お母さん、ありがとう・・・。

それはまさかのサプライズだった。その日は僕の誕生日だったのだ。そっか、うん。わかる、わかるけど。でも、さ・・・。一人スーパーチャイニーズワールドの説明書を片手に白米を口に運んだあの日を、僕は一生忘れることはないだろう。

うちのババァにはそうゆう所がある。うまくは表現できないが、そんなところがあるのだ。


僕がうんと小さい頃に、ババァにこんなことを言われたことがある。
「人が嫌がることだけはしちゃいけないよ」
「ふーん。人が嫌がることって何?」
「ふふ、それは自分で考えなさい」

その言葉は僕の心にまるでトゲが刺さったかのように残っていた。
人が嫌がることって何?僕はその時からずっと答えを探し続けてきた。

‐。

あれは大学2年のときだったと思う。待ちに待った合コン、その日だった。
あれまぁ、驚いた。集合場所に集まった僕は、決して呑気にではなく、そんなことを思う。みんな驚くほどにレベルが高いのだ。えー、なんだよ、そんなつもりじゃなかったのになぁ。ねぇ?僕はあくまで興味がないように装う。落ち着け。クールに、ここはクールにだ。

店に行くまでの間、幹事の男友達が得意そうに僕に話しかけてきた。
「どう?」
僕は答える。
「お前の老後の面倒は俺がみるよ」

店につき、席に座る。改めてそのレベルの高さにため息が出そうになる。・・・すげぇな。しかしまぁ、集合時点では直視できなかったため気がつけなかったことが一点。お約束といえばお約束だが、一人だけ、少しばかり体系が無邪気な女の子もいる。あだ名をつけるとしたら、「羅生門」といったところか。しかし、まぁまぁ、さして問題ではない。はずだった。

「みんなー何飲むー!?」
羅生門の一声。その親切心は間違いなく褒められべきものだが、しかし羅生門には独特のオーラがあった。そのオーラを人はきっと「嫌な予感」と呼ぶのだろう。・・・羅生門、要注意か?

「え?ROCKは?」

そんなことを考えていた僕は、最初羅生門が僕に話しかけていることに気がつけなかった。ROCK?すごいあだ名の子もいたもんだ、なんて。そんなことを思っていた。

「・・・え?なんで俺がROCKなの?」
「えーだってTシャツにROCKって書いてあるじゃん!」

いや、書いてあるけどね。なんかそういうのってよくあるじゃん?ねぇ。なんか、ほら、これってデザインじゃん?ほとんど意味とか大事じゃないじゃん?それをいじるのって、ルール違反じゃん?

「焼酎でよくない?ロックで(笑)」

その時、僕の中の将太が静かに寿司を握り始めた。

                                     ‐(斉藤アナスイ 『土一揆』)。


思い出したくもない。こんな屈辱を味わったのは、コンビニで「お弁当温めますか?」と聞かれ、何を思ったか「チン」と返事をしてしまったあの日以来だ。

人が嫌がることって何?僕はようやくその答えを見つけた気がした。

「ババァ、最近わかったんだけどさ・・・。人が嫌がることって、Tシャツに書いてある英語を読むことじゃない?」
急にそんな話をした僕に驚いたような顔をしながらも、でもババァはゆっくりと頷いた。
「・・・よく、わかったわね」
「嘘付け!」

ババァの返事に、僕は自分で自分の意見を否定するような形になってしまった。なんだこいつ。それらしく「よくわかったわね」とか言っちゃったよ。なんだこいつ。絶対話聞いてねぇよ。

うちのババァにはそうゆう所がある。うまくは表現できないが、そんなところがあるのだ。


粗大ゴミとして捨ててあった車輪つきのイスがどうしても欲しくなり、それに乗って家までこいで持ってきたババァ。

うちのババァにはそうゆう所がある。うまくは表現できないが、そんなところがある。
そんなところがある、でも。

この前ババァと2人で初めて酒を飲んだ。
「ちょっと付き合ってよ」
いつもなら軽く無視でもしようものだが、そのときだけは何故か断ってはいけない気がした。
親と子だから、わかることも確かにあるのだ。

「珍しいじゃん。なんかあった?」
ちょっとふざけたようにそう聞く僕。それに対しババァは、静かに答えた。

「・・・わたしの人生で本当によかったと思えるのは、お父さんと結婚したことと、あんたたち兄弟を生んだことだけ」

僕の質問に対する答えにはまるでなっていなかったが、しかしその一言には全てが詰まっていた。

はは、なんだそれ。

何だろうな、この感じ。どうしよう、泣きそうだ。

ババァのその一言に、僕は何も言えなかった。

そしてその静寂を切り裂くように、ババァが再び静かに口を開いた。

「・・・だってゴキブリホイホイ組み立ててくれるから」

・・・え?
こいつ何言ってんの?

しばらくしてババァの寝息が聞こえてきた。

おいおい。マジかよ。

・・・はは、まぁいっか。

僕はババァに毛布をかけた。風邪を引かないようにって。できるだけ大きな毛布をかけた。

そしてゴキブリホイホイを組み立てて、置いておいた。こんなことが嬉しいのかね。こんなことが本当に親孝行になるのかね。でもまぁ、あんたが喜ぶなら、僕はとりあえずある程度のことはしてみようと思う。すごく面倒だけれど。だから、ある程度。






朝起きたら、ババァがゴキブリホイホイに引っかかっていた

それ以来僕は実家に帰っていない。
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