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【白】セイジの微妙な家族王!!  この記事を含むはてなブックマーク

セイジの微妙な家族王!!



バイトの給料日前と言う事で財布の中身はいつも以上にスッカラカン。
おまけにバスの回数券も残り一枚のみというかなりギリギリでスリリングな状況に在る今の俺は大学の帰りのバスに乗車していた。

運よく開いていた最前列の座席に飛び乗り、すっかり冷えてかじかんだ両手をムツゴロウさんが動物を撫でるような要領で「よ~しゃしゃしゃしゃ」と豪快に両の頬に擦り付けて、ただただ必死に寒さに耐える。

そして家で俺の帰りを待っているであろうラブラブラコン妹とエクソシスコン弟の事を思い浮かべてはほくそ笑むのだ。
待ってろよ!ドメスティックな我が家!



(やべ、疲れた。っていうか飽きてきた・・)



やがて飽きてきたのでムツゴロウさんをやめる俺。
飽きたら終わり、恋愛と同じである。

それでとにかく。クタクタに疲れ切っていた俺は、あの日部屋を飛び出したっきり帰ってこなかったあの子を探すような眼つきで窓の外をずっと眺めていたんだ――


バスに乗り込んでから役10分ほど立った頃だろうか。
相変わらず窓の外の世界を虚ろな眼差しで眺めていた俺の目に飛び込んできたその光景。

数十メートル先のバス亭で、腰の曲がったお婆ちゃんが1人で突っ立っていたのである。
あれが俗に言う「柔らかい物腰」と言うヤツなのだろうか。
それにしても・・・まさかこのバスに乗るつもりなのか?



(いや、しかし・・・・)



バス車内をキョロキョロと見回してみる。
座席は何処もいっぱいになっているし、とてもじゃないがお婆ちゃんが座れるようなスペース等無い。



・・え!?・・うそ!?


じゃあ・・・一体・・・どうするの・・?

それじゃあ・・・一体・・・誰が・・お婆さんに・・座席を・・・譲るの・・・?








俺しかいないだろう!!!!!





おあつらえ向きにも俺はバスの最前列の右側の座席に座っている!!
乗車するお婆ちゃんからは最も近い距離!!
左側最前列のお客さんは仕事でお疲れなのか昼寝ぶっこいてるので俺が一番適任のはずである!!

なんという血沸き肉踊る展開ッ!!
今日は何にもない退屈な1日だと思ったていたが、まさか最後の最後で人助けが出来るとはッッ!!!



ヒィ、ヒィ、フゥ~


興奮しすぎたので、ひとまず呼吸を整える俺。


落ち着け俺。
冷静になれ。
流行る気持ちを抑えろ。



ヒィ、ヒィ、フゥ~



・・よし、落ち着いた。
ありがとうラマーズ法。

しかし、とはいえ・・・ここでノープランのまま、状況に身を任せるのはあまり得策とは言えないだろう。

『ただ席を譲るだけ』

・・・そうやって甘く見て何も考えずに軽はずみの行動をしたバカが、空回りした挙句に無様な醜態を晒した例をいくつも知っている。
まぁいくつもっていうか全部過去の俺なんだけどもとにかく。
そのくらい、『席を譲る』という行為は、非常にデリケートな問題なのだ。
だからそう、今こそ過去の教訓を生かして、緻密に綿密に、イメージトレーニングをしなくてはならないのである。


よし、イメージトレーニング開始

――――――――――――――――――――――――――――――――――

俺 「あ、席どうぞ」
お婆「悪いねぇ」
俺 「いえ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――

完璧である。



今の通り上手くやれば、お婆ちゃんはゆったりと席に座って寛ぐことが出来、尚且つ俺は俺で席を譲る事が出来て良い気分に浸れり、身長は伸び、テストは満点、可愛い彼女も出来、部活ではヒーロー、筋肉もムキムキである!

なんという誰もが幸せになれるプラン!
やらぬ善よりやる偽善!!
持ちつ持たれつ!!!
「あいつは俺を利用し、俺はあいつを利用した。それだけの事だ・・」なのである!

それにしてもイメトレってのは自分が比較的イケメンで良い声に脳内再生されるのは何故なんだろう。
願望なんだろうか。
願望なんだろうね。



プシュ~~~



バスが止まった。


俺は窓の外から舐める様な視線でお婆ちゃんの動きを逐一把握した。
意外というか、やっぱりというか、お婆ちゃんはこのバスに乗るようである。

全ては俺の思いのままよ。
まさかお婆ちゃんは、この俺の手に寄って座席を譲られるなんて夢にも思ってないだろう。

バスのドアが開いた。
下車する人間はいない。
当然、お婆ちゃんがゆっくりした足取りでバス内に入っくる。



そうだ、慌てるな~

ゆっくりでいいから確実に歩くんだぞ~
落ち着け!落ち着いて切符を取れ!切符を忘れるなよ~
このバスは後払いだ!金は今払うんじゃないぞ~!後でいいからな~
よ~しその調子!良い子だお婆ちゃん~
さあこいお婆ちゃん!こっちへこい!
こ~い!こっちだ!よ~し来い!
いいぞ~!さあ~いい子だお婆ちゃん!
さあ~来い!お婆ちゃん可愛いよ可愛いよお婆ちゃん~!
こっち向いて~!いいよ~!いい表情ダヨ~!


まるで100万人に1人の逸材を見つけて興奮するキャメラマンのようなテンションでお婆ちゃんを待つ俺。


バスの切符を取ったお婆ちゃんは、車内をくるりと見回すと自分が置かれている状況を把握したのか、力ない足つきで前と歩み寄ってきた。

そう、お婆ちゃんも理解しているのだろう。
自分には座る座席が用意されていないことに。

しかしお婆ちゃんの優しげな表情からは心意は読み取れない。
そこのところが不気味。
流石、百戦錬磨の年の功と言ったところか。



(あと4歩・・・・)


小さな歩幅で歩くお婆ちゃん。
俺の計算が正しければおそらくあと4歩で俺の間合いに入るはずである。




あと3歩・・・




あと2歩・・




あと・・・1歩!!!



ついに俺とお婆ちゃんの制空権が触れ合った!!!!

お互いに射程距離内に入ったのであるッッ!!

それと同時にシートから立ち上がる俺!

立ち上がった俺にハッと気が付くお婆ちゃん!

お婆ちゃんに一歩、歩み寄る俺!!

歩み寄る俺をまじまじと見つめるお婆ちゃん!!

お婆ちゃんの目の前に立ち止まる俺!!!

やがて見つめ合う2人!!!

その2人の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙!!!!!


俺はお婆ちゃんに目をしっかりと見据えながら冷静にこう言い放った。



俺 「あ、席どうぞ



~~~~~ッッ

決まったぁ!!!!

完璧である!!!!!

かつてこれほどまでに完璧に席を譲ることに成功した事があっただろうか!?

否、無い!!!!



・・・・しかしお婆ちゃんから発せられた次の一言は、俺の意に反するものだった。


お婆「いえ、いいです
俺 「・・・・・」



なん・・だと・・・・!?



お婆ちゃんの予想だにしなかった返答に、口を半開きにして呆然としてしまう俺。
それはかつて世界中の男達を虜にしたマドンナのあの恍惚とした表情を彷彿とさせるものだった。
焦った俺は「ピピッピドゥ」と言わずにこう言った


俺 「だ、だ、大丈夫です!どうぞ!」



・・・・・

もうね、全然だいじょばない。
俺、どもりすぎ。ツンデレじゃないんだからさ・・・

だがこれでお婆ちゃんも、そんな俺の必死さを見るに見かねて「しょ、しょうがないわね!べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」といった感じで座席に座ってくれるはずである。

しかし、またしてもお婆ちゃんの返答は、俺の意に反するものだったのだ。

お婆ちゃんはどのジャンルで言い返すでもなく、至ってノーマルな落ち着いた口調でこう言った。


お婆「いえ、いいんですよ~
俺 「~~~ッッ」


なんという固い意志!
なんという不屈の精神!!
なんという鋼の肉体!!!
優しげな口調の裏から微かに読み取れる年季と知恵と経験の差!!!!


この腰の曲がった小さくて優しそうなお婆ちゃんは、遠慮とか、社交辞令とかではなく、本当に座席に座らないつもりなのである!!!!


一体何が彼女をそこまでさせるのか・・・
っていうかこんなに言ってるのに、本当に何で座ろうとしてくれないのだろう?
駄目だ・・お婆ちゃんの考えが全く理解出来ない。
未だに納豆ダイエットをやってるウチの母親くらい理解出来ない。
まさかこの俺に何処か悪い要素でもあるのだろうか?いやそれは無いなうん。


・・・

・・・・・

・・・・・・・・・

まぁ・・・いいか?

こんなに言ってるのに、頑なに席に座ろうとしないんだし。

じゃあ、もう、いっか。

別に。

だって座ろうとしないんだもん。

お婆ちゃんがそこまで言うんなら、席を譲らなくても別に・・・











良い訳が無い!!!!!!





健康な若者が席を譲らず、お年寄りを通路で立たせる!?
なんたる矛盾!!
例えるなら『飛ぶ鳥を落とす勢いの野鳥保護活動(by姉』くらいの矛盾である!!
例え分りにくいなコラ!!!いやでもとにかく!

そんな矛盾許せるはずがない!
いや、矛盾云々の前に、俺の人間的な根っこの部分が許さない!
人の良い俺の家族だって許してくれない!
仲の良い友人だって許してくれないだろう!
そしてあの日去ってしまったあの子はもう二度と帰っては来ないのだろう・・・

そう・・・本当は分っていたんだ・・・
あの子は最初から、そういうつもりで俺に近づいただけだったということに・・・


とはいえ・・・・何事にも抜けめない計算高さを持つ一方、想定外の出来事には全く頭が働かず、感情が先立ってしまって対処が追い付かない傾向の俺である!
このままでは本当にお婆ちゃんを立たせたままにしてしまう事態に陥ってしまうかもしれない!



プシュ~~



な!?ま、まずい!
この音はッ!?今にもバスが発車する!?
こんな下らないことを考えてる内に!しまった!
待て運ちゃん!ノルマは分るが落ち着け!!まだバスん中は2人も立ってるんだぞ!?その内1人はか弱いお婆ちゃんだぞ!?
どうする!?どうする俺!?
待て落ち着け俺!!!



や、やばい!


こんなにパニくってるのは二十歳になる1時間前に小学生の妹から紫の鏡の話を切り出されて以来だ!!
これが俗に言うにヒスパニックと言うヤツなのか・・・。



時間の猶予は―――もう無い。



俺 「いやあの、でも!」
お婆「いいのよ~本当に~」
俺 「いやあの、でも!」
お婆「ありがとうねぇ」



俺の発する「いやあの、でも!」の発音の美しさはあまりにも有名な話で・・・その、そう、つまり、その・・うん。2回言うなよ!!パニくり過ぎだろう!!
しかも埒が明かない!!!何だこのお婆ちゃん!!!!

しかし次の瞬間、俺の必死な想いが鍵となってがお婆ちゃん心のドアを開いたのか、お婆ちゃんはその内に秘めた驚くべく真実の全貌を明らかにしたのだった。



お婆「だってね~、すぐに降りちゃうもん。もう次のバス亭で降りちゃうから。だから座らなくとも・・



ああー・・・・なるほどね!
もう次のバス停で降りちゃうんだ!
それは一理ある!・・・のか!?
だからってこのまま立たせるのか!?
けれども、・・いや・・
違う、でも、だけど・・
しかし・・このままじゃ・・
あ、駄目だ、時間が・・・!!
もう、バスが動く!!
やばい!!とにかく!!!お婆ちゃんを早く座らせよう!!!
しかしこの頑固なお婆ちゃんをどうやって!?
もう一度席を勧めたところで「次のバス亭ですぐ降りるからいいですよ」とまた軽く返されるのが関の山だ!!
どうやって・・
どうやって・・
どうや・・


・・・そうだ!!!!



俺「い、いえ!自分はあの・・・今降りますから!!!!

                  
                         ・
                  
                         ・
                  
                         ・



こうして、最後の回数券を使ってバスから飛び降りた俺。
走り出す直前になって下車した俺を、終始怪訝そうな表情で睨んでいた運ちゃんのあの顔、外に飛び出して行った俺を見送るお婆ちゃんのポカンとした顔を、忘れない。

あの時、どうしてあんな行動を取ったのか・・・それは今でも、自分自身良く分らない。

ただひとつ分るのは、凍える寒さの中、無一文で、自宅までの道のり約10キロ以上の距離を徒歩で目指すしかないという、今自分に置かれている厳しい現状である。




「・・・・・・・」




コートのポケットに深々と両手を突っ込み、首が冷えないように俯きながら、俺は心底こう思ったんだ。





(良かった・・・おばあちゃんに席譲れて、本当に良かった・・・)




終わり
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